The Question: why has 4-4-2 been superseded by 4-2-3-1? by jonathan wilson

 4-2-3-1の到来は4-4-2からの自然な進展であり、過去5年間でほとんどすべての戦術的革新はフォーメーションの発展であった。

 サンダーランドの監督ロイ・キーンの最後の記者会見で判明したのは、ボルトンに4-1で敗れた後、彼が4-4-2のフォーメーションに問題の一部があったことを認めた事だった。ケンワイン・ジョーンズジブリル・シセは、彼らのパワーとテンポによって、ディフェンスを怖がらせるFWのペアかもしれないが、たとえそうであろうがなかろうが、ボルトンの試合で起こったように、中盤の4人は、相手が5人の中盤を用いたため、数的不利になり、ボールを危険な領域に動かすことができなかった。

 中盤に5人を配置することは、長い間ネガティブな戦術とみなされていたが、それは5人の構成に完全に依存している。英国の一般的な評論家はいまだに、「two up」でプレイしないチームに関して話すときは否定的だ。しかし、チームシートを一見すると、それはナンセンスであることが明らかなはずだ。例えば、ユーロ2000ファイナルのフランスは、ユーリ・ジョルカエフジネディーヌ・ジダンそしてクリストフ・デュガリー、トップにティエリ・アンリ、或いは同じトーナメントのポルトガルは、ルイス・フィーゴルイ・コスタセルジオ・コンセイソン、トップにヌーノ・ゴメス 。ユーロ2008ファイナルのスペインは、フェルナンド・トーレスの後ろに、イニエスタ、セクス・ファブレガス、シャビ、ダビド・シルバを配置した。

 戦術上の問題と同じように、英国のサッカーが遅れているということだ。スペインでは、例えば、4-2-3-1は2000年までに一般的となり、数年の間にほとんどデフォルトになった。おそらくそれは驚くべきことではないだろう。なぜならスペインでは、フォーメーションが最初に4-4-2とは異なるものとして発展したからだ。

 プレイメーカーをセカンドストライカーとして使い始めた時点で(1986年のワールドカップで登場したトレンド)、4-2-3-1の登場は避けられなかった。当初は守備的MFがセカンドストライカーを捕まえるために配置された。(そのため90年代後半はマケレレロールを担える選手がブームとなった。)その時点でセカンドストライカーは、スペースを見つけるために幅広く動き始めた。仮に守備の選手が彼について行くと、中央にスペースが生まれる。だから更なる選手がカバーのためにより深いポジションに下がる。より多くの攻撃的MFに対して波及効果を伴った。

 或いは他の方向に由来する進化が起こった。4-4-2でプレイしている方では、ウィングを高く押し上げセンターフォワードの一人が深く落ちて、効果的に4-2-3-1をプレイしている。例えば、マンチェスター・ユナイテッドバルセロナを破った1991年のカップウィナーズカップ。彼らは、ブライアン・ロブソン、ポール・インスの守備的MF、リー・シャープ、マイク・フェランのワイド、ブライアン・マクレアーがマーク・ヒューズから落ちた位置だった。誰もがそれを4-4-2と言及したが、実際には4-2-3-1だった。

Self-conscious symmetry in Spain

 少なくともスペインのコーチング誌「Training Football」によれば、新フォーメーションを自ら意識して配置したのは、レアル・ソシエダのフアン・マヌエル・リージョ監督で、1991-92年にセグンダディビシオンクルトゥラル・レオネサを任されていた。「私の意図は、プレッシャーをかける事とボールを高い位置で奪おうとする事」と彼は説明した。「4人のフォワードでプレイするのが最も均整の取れた方法と私は気付いた。優れた利点の1つはフォワードを高くすることは、ミッドフィールダーディフェンダーも高い位置でプレーできること、つまり誰もが恩恵を受ける。しかし、あなたは適切な選手達を有していなければならない。彼らは非常に、非常に機動的でなければならないし、ボールを保持したときにプレーできなければならない。あなたは、彼らがプレッシャーをかける為にプレーしているのではなく、プレーする為にプレッシャーをかけていることを覚えておかなければならない」。

 レオネサでのリージョは、Sami、Teofilo Abajoを2ピボットとして(スペインでは「ダブルピボット」としてよく知られるシステム)、Carlos Nunez、Ortiz、Morenoが彼らの前、そしてLatapiaがワントップだった。システムの成功を見て、リージョはサラマンカで同様のシステムを用いた。Training Footballの論説によると、選手達の反応は「信じられないというような表情だった。なぜなら彼らは奇妙な方法だと考えていたためだ。;彼らが適応しなさいと言われたそのポジションとちょうど恐竜と向き合った人のような違和感や驚きと同じ感覚をともなうチームのそれぞれのラインの配置への反応だった。

 フォーメーションは急速に広まった。ハビエル・イルレタデポルティーボ・ラ・コルーニャで2000年にリーグタイトルを勝ち取る以前の2シーズンそれを用いた。そしてジョン・トシャックが1999年レアル・マドリードに戻ったとき、彼はジェレミとフェルナンド・レドンドを守備的MFとして、彼らの前にスティーブ・マクマナマン、ラウール、エルヴィル・バリッチ、アネルカフェルナンド・モリエンテスをワントップに置いた。

 イングランドへの4-2-3-1の伝来は、(少なくとも4-4-2とは異なるものと認識という観点)1999-2000のチャンピオンズリーグでホームでレアル・マドリードに明らかに敗れた時のマンチェスター・ユナイテッドに備わっており、アレックス・ファーガソンに、前年にトレブルを勝ち取るために採用したよりオーソドックな4-4-2はヨーロッパの戦いにおいて流行の終わりを確信させた。(彼は、いくつかの確信を持って、決して4-4-2でプレーせず、スプリットフォワードを常に用いることを維持したが)

Pro-active or reactive?

 2人の守備的MFを使用する大きな利点は、よりクリエイティブなプレイヤーが自分自身を表現できるプラットフォームを提供し、ドリブラーを効果的にゲームに戻せるようにすることだが、アリゴ・サッキのような純粋主義者にとっては逆行的なステップだ。1989年と1990年のヨーロッパカップを勝ち取った彼のACミランの方は、非常に流動的でコンパクトな4-4-2だった。「今日のフットボールは個人の特徴を管理することだ」と彼は言った。「そしてそれがスペシャリストの蔓延を目の当たりにしている理由だ。個人が集団に勝っている。しかしそれは弱点の表れだ。先回りでなく、後手だ」。

 ヴァレリー・ロバノフスキーやサッキのような監督は、もし選手達が複数のポジションをこなす能力があるのならば、個人の効力の積算よりも非常に大きな効果を持った、インタラクティブな「エネルギー・システム」を造ることができる、という普遍性の信奉者だ。2004年、レアル・マドリーのスポーツディレクターとしての短い間に、サッキはサッカーが自分の理想からどれほど遠ざかっているかを実感した。

 「計画が全く無かった。クオリティの利用だ。」彼は言った。「例えば、我々はジダン、ラウール、フィーゴが元の位置に戻らない事を知っている。だから4バックの前に選手を置かなければならなかった。しかしそれは保守的なサッカーだ。選手のクオリティが飛躍的に増殖しない。実質的な戦術のポイントは選手の能力にこの乗数効果を生むことだ。私のフットボールでは、レジスタ(プレイメーカー)は誰でもボールを保持する。しかし、もし(クロード・)マケレレがいるなら、彼はそれができない。彼にはそのアイディアがない。もちろんボールの奪取は非常に優れているが。スペシャリストが全てだ」。

 彼は核心をついている。現代の移籍の規則の下、そのような移動の自由を享受している今日の有名な選手たちは、サッキが要求するようなシステムに自らを昇華させることは決してないかもしれない。ミランのときでさえ、全ての成功のために、サッキはマルコ・ファン・バステンやルート・フーリットと結局はケンカするはめになった。

Offside considerations

 とにかく、今日同じ方法でサッキのスタイルが機能するかどうかという疑問がある。彼の理想は、センターバックセンターフォワードの間が、どの瞬間でも最大25mだが、そのプレッシングレベルは高いオフサイドラインが要求される。近年のオフサイドルールの自由化はそれを不可能にしているかもしれない。確かに、オフサイドトラップを扱うチームは、もはやほとんどいない。

 興味深いことにリージョは、彼のハイ-プレッシングゲームは古いオフサイドルールを生かして考えらていることを認めている。彼の考えは、サッキのものと異なるかもしれないが、彼はロバノフスキーの伝統と、オランダのトータルフットボールの一部と重なっている。違いはおそらく、4-2-3-1は高いディフェンスラインを可能にしている一方で、サッキの4-4-2スタイルはハイラインを必要とする。オフサイドルールの解釈の変更は、ディフェンスが近頃より深くプレーする傾向があることを意味し、それゆえ試合が10年前よりさらに間延びした。その事が、合理的にミッドフィールドを守備型と攻撃型に分けた。そして3よりむしろ4編成でプレーした。これは新しくはない。W-M、3-2-2-3システムもまた4編成のシステムである。

Recent developments

 我々がそれを何と呼ぼうと、多くの4-4-2が効果的な4-2-3-1だったかどうかという疑問を提起する。我々は本当にリージョをパイオニアとして認めるべきであろうか?彼の飛躍的な発明は自意識的に行われたことであるのに、既に起こっていた事に命名する?しかしながら区別と命名は、ウィトゲンシュタインが論じるように、非常に重要なステップだ。いったん十分に理解されるとシンプルな言葉(4-2-3-1)によって記述される。それから研究が進展し始める。この10年間初頭にスペインで起こった事は、(基本的なテンプレートの4-4-2から4-2-3-1への移動)、パラダイムシフトに他ならない。

 過去5年間のほぼすべての戦術的イノベーションは、4-2-3-1からの発展と見ることができる。それはローマやマンチェスター・ユナイテッドの0トップの試みだけでなく、今シーズンのバルセロナの流動的4-3-3にも当てはまる。

 3-5-2の大きなメリットの1つは、3人のセントラルミッドフィールダーの使用によってもたらされる柔軟性だ。スラベン・ビリッチは、1998年Wカップロベルト・プロシネチキズボニミール・ボバン、アリョーシャ・アサノビッチのクロアチアトリオの才能について未だに疑い深い態度で話す。準々決勝のドイツ戦、プロシネチキは遥かに守備的なズヴォニミル・ソルドに置き換わっていた。さらに2年後、イタリアの解釈は更に守備的な段階だった。3-2-4-1。デメトリオ・アルベルティーニとルイジ・ディ・ビアジョの守備的MF、ステファノ・フィオーレをプレイメイカー。

Midfield flexibility

 4-2-3-1における2人の守備的MFと中央の攻撃的MFのトライアングルは、主要な戦術修正なしにサイドのトーンを変えることができる点で似ている。1人の守備的MFを前に出し、4-1-4-1が作られた。2008年のユーロの準決勝、負傷のダビド・ビジャに変わってファブレガスを送り込んだ後にスペインが変更したのがそのフォーメーションだった。

 より精巧に、もしユナイテッドがマイケル・キャリックの近くにアンダーソンかポール・スコールズを置いてプレイするならば、ダレン・フレッチャーオーウェン・ハーグリーブスがその役割を果たしている場合よりも、彼らの力強さはよりポジティブだ。去年のチャンピオンズリーグのアウェーローマ戦、中央の攻撃的MFが引き下がった、4-3-3を形成した。キャリックスコールズ、アンダーソンがMF、パク・チソンクリスティアーノ・ロナウドルーニーのFW。

 本質的に、バルセロナはそのような形をより攻撃的に扱う傾向がある。2人のウィングは中央のストライカーからわずかに下がり、通常、シャビ・エルナンデスは2人の守備的ミッドフィールダーより前に。そして、率直に言って現時点において、美学と結果の両方の面でこれよりよいヨーロッパのフットボールは他にない。

 全ての戦術的なシステムは相対的なものであり、リージョも強調しているように、全ては利用可能な選手と環境に依存している。イングランドの4-4-2の圧倒的優位の考え方は、価値ある機能を保持していることを意味するのかもしれないが、ビッグフォーのいずれかで最も近いのが、アーセナルの流動的4-4-1-1だ。最もハイレベルなところでは、既にパラダイムシフトがおこている。4-2-3-1はキングだ。